2016年08月27日

何故調べないのかとは言っても

前々回から書いてますが、調べられる事を調べもしないで、始めから人に聞いたり、発言したりする事が問題であって、調べるにしても、見当たらないや、当事者でないとわからない等、調べようのない物についてまで調べろと言う事ではありません。つまり、調べるにも限界はあります。報道は起こった事象を客観的に広く告げ知らせることが目的ではあるが、その詳細等も、起こった事象の一部であるので、本来は顛末まで報道しなければならない。しかし、速達性や話題性、場合により、その報道による影響等を考えた場合、その後の経過や経緯を省略しなければならなくなる、と言う事で、報道をしていないだけ。例えば、ある事件について、詳細を知りたければ、警察や裁判所等へ行ったり、確認しに行ったりするのは、個人でやるには現実的ではないし、関係者でない人間に教える訳にはいかない場合が多い。報道もこの点は同じだが、公共性を含む報道と違って、これを個人でどうこうするのは、まず無理。そう言う事を踏まえた上で、報道に期待している訳だが、自分で調べろと言うのは、報道や関係者でないとわからない事を調べろと言っている訳ではない。既出の調べられる事もそうでない物も、一緒の感覚で、調べる、調べない、と言う話ではないと言う事。調べられない環境で、調べろと言うのは、筋違い。ネット上なら、ある程度簡単に調べる事が出来る環境なので、まずは調べろ、と言っているのです。調べろと言ってるなら、どんな状況でも調べなきゃいけないんじゃない、と、そう言う思考は、馬鹿の一つ覚え。先日書いた、例外もあると言う思考が欠如しているのと全く同じ。何が良くて、何がダメなのか、そう言った正しい判断が出来ない、間違いだらけの人間なのです。では、正しい判断をする為にはどうするか、それが、私が毎回書いてる事柄の話。勿論、人間、誰だって間違う事はあります。だから、その誤差を少なくする為、日夜考え努力する事が必要であるにも関わらず、それを止めてしまっているのが間違いだらけの日本人と言う事です。
posted by ぴよぴよ at 00:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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