2018年05月01日

2018年04月30日

■バスト専用クリーム



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2018年04月28日

銀行の話@

今回は至って普通の話(笑)
ATM使う人は増えましたが、銀行で窓口使う人、めっきり減りましたよね。
窓口が混んでるのを余り見た事がない。
地域性や時季、曜日、時間帯によって混む事はありますが、全体としてみたら、そういう状況は格段に減っています。
むしろ、こんなに空いていて良いのかと拍子抜けするくらい。
ネットバンキングに移行して、銀行の支店を減らすと言う話が普通に出てくるのは自然の流れでしょう。
とは言う物の、何でも減らせば良いと言う話ではない。

今から20年程前の事です。かつて大手銀行の再編と統合が進んだ時期がありましたが、ATMも残さず支店を閉店させ、
銀行業務を近隣店舗へ移行させたただけ、と言う事をやった為、非常に困った事が起こりました。
近場の銀行がなくなったお陰で、銀行へ行く距離が増えただけでなく、業務移行した近隣店舗が異常に混雑。
ATMでも捌ききれず、時間内に両替や入出金が出来ない、と言う事が度々起こるようになったのです。
この中で、ATMで出来ないなら、窓口へ行って入出金等をしたいと言う人も当然出てきます。
ところが、窓口へ行ってATMと同じ事をすると手数料を取られます。
なぜ同じ事をするのに手数料を取られるのかと喰ってかかる人もいましたが(笑)
当然、人件費がかかるからなんですが、それを知らない人が言ってるんですね。
と言うより、銀行自体何をやってるか知らないので、そういう事になる訳です。
この話はまた別の機会に。

という事で、手数料取られても窓口で良いと言う人は一定数いるのですが、殆どの人は自身の口座からの入出金だけで、
手数料取られるのは嫌ですから仕方なくATMを使う事になる訳です。
ATMに並びきれない人が窓口の方へ流れたりは当たり前で、銀行の外まで人の列が出来るなんて事が日常的に。
今まで2店舗に分散していた物を1つに集約したのですから、許容オーバーになるのは当り前ですよね。
いまでこそ、コンビニに銀行ATMは当たり前となってますが、当時、コンビニにATMを設置していたのは三井住友銀行だけで、
どこのコンビニにもATMがあった訳ではなかったので、それ以外は直接銀行へ行くしかなかったのです。
そんな事で、朝早くから行っても混雑で半日かかると言う、非常に不経済な事をやっていた訳です。

話を戻しまして、今では、コンビニを始め、至る所に各銀行のATMが設置されるようになり、通常のやり取りであれば、
銀行の本・支店がなくても出来るようになりました。お陰で窓口の混雑はかなり解消され、代わりにATMが混雑するハメになりましたが(笑)
ネットバンキングの普及でATMを使う人が減り、その影響で窓口を使う人は更に減少傾向で、環境が充分に整っているのであれば、
窓口業務を減らしても問題はないと言う話です。
とは言うものの現状では、未だネットバンキングよりも、ATM利用が主流なので、慎重に見なければならないと思いますが。
ただATMも一緒に減らしましょうだと、銀行利用が全く出来なくなると言う事になり意味がないので、それだけは避けて頂きたいものです。

いや、窓口はいつも混んでるよ、と言う人。では、どんな人が銀行を使ってるか見てますか。
銀行を円滑に利用するには。

4月は、新入社員等が、新規に給与口座を作る為、混雑します。ボーナス時期も混雑します。
近隣に企業や商店等、お金のやり取りが多い事業所等が多数ある場所は、混雑します。
近隣に他の支店やATM、コンビニATMすらない地域、あっても遠い等の場合、混雑します。
高齢者が多い地域は、混雑します。
週末や給料日等がある日(5日、10日、15日、20日、25日、月末)等は、混雑します。
正月、お盆、ゴールデンウィーク等、2日以上続く連休の前後は、混雑します。
仕事の合間のお昼前後、銀行の会計業務が終了する午後15時前後、銀行が閉店する17時前後は、混雑します。
この条件に当て嵌まる場合、銀行のATM及び窓口は常に混雑している確率が高い状況となります。
ですので、これ以外の条件の時に行くと、比較的楽に銀行を利用出来るでしょう。

尚、こんな事を書くと、皆真似して、それ以外の日時も混むのでは、と言う考えも出てくると思いますが、社会環境や制度等が変わらない限り、
それは絶対にあり得ませんので安心してください。
以上、銀行をスムーズに利用するには、でした。
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2018年04月26日

■バストアップサブリ



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2018年04月25日

中立と公共性を理解していない日本人

実は、今の日本人の大多数は、中立や公共性の意味を全く理解していません。そもそも、それがどういう物なのかと言う事を考えていないから。
具体的な例を挙げていくと、そこに共通した事柄が含まれている事に気付きます。
それが、中立であったり、公共性であったりする事を意味する訳ですが、物事を関連付けて考える事が出来ない日本人は、その違いを認識する事が出来ず、それが間違いの元。40年以上前から、そのデータが何を意味するのか、例え恣意的に作られたものだとしても、そこに何の意味や意図があるかを表やデータから読み取る能力が低いと言う事は、私自身が実体験として理解している上で、最近の理解力調査でも、実際に低いと言う事が証明されている訳で、如何に日本人が海外と比べ、理論的、論理的思考をしていないか、わかります。
想像や妄想、感情論、特に損得だけで物事を判断しているので、実際にそこへ行き着くには、時間と費用がかかる上に成功するかどうかもわかりません。理論的、論理的思考をしていないと言う部分については、ロボットの考え方について考えてみればわかります。海外だと実用的に動ける物を考える訳ですが、日本だと人型でなければならない、という事に拘ってる訳です。それが発展させてきた原動力と言う人がいますが、昔ならいざ知らず、その思考方法が直接的な経済発展に繋がらず、景気向上の妨げになっている訳です。時間とお金が掛かるばかりで成果が見えてこない。実用に耐えられるかどうかは二の次で、理論的に考えず、結果ありきの思考であれば必然的にそうなるでしょう。まず、この事から、日本人が理論的な思考をしていない事が読み取れます。
そもそも理論的って何かと言う話になりますが、初めから終わりまで説明を理解できるのが理論的な思考。日本人の場合は、例え理論的な思考をしたとしても、それが全て損得勘定へ置き換わってしまっているので、苦手と言うか、本当の意味での理論的な思考が出来ないのです。
その思考は全てが万事で、物事について関連付けて考えると言う事についても当然、理論的に考えられない。結果的に、具体的の中に含まれる共通事柄と言う物を見出す事が出来ない。結果的に、本当の意味を理解する事が出来ない、と言う事になる訳です。
意味を理解していないのだから、間違えるのは当たり前。人間だから間違えると言うのはありますが、それを許されるのは、問題があったりした場合、自身で間違えないよう正せる人間であって、それが出来ない人間に、人間だからと言う言葉は通用しません。間違った時に、その間違いを正せないのは、ただのロボットです。
そこで、まず初めに、中立の意味を考えてみます。公平中立と言う言葉がありますが、左右を見て真ん中が中立、と考える人が大半だと思いますが、それは間違い。選挙の投票をみれば分かりますが、右左どちらにも寄らない中間層がありますが、これは中立と言う立場を取っている訳ではありません。右に行くかもしれないし左に行くかもしれない。どちらに投票するかと言った場合、右か左のどちらにしか投票できない訳です。つまり、この状況で左右をみて真ん中が中立とは言いませんよね(笑)要するに、状況を見て自分の意思で右や左に振れる立場を中立と言う訳。もし、中立と言う立場があり、それに投票できるとしたら、それは中立と言うスタンスしかとらないと言う事で、左右中立の第3勢力となり、結果的に中立ではなくなる訳です。要するに思考を固定化した時点で中立ではなくなる訳です。これが今の大多数の日本人。だから、本来の選挙では、勢力が偏らず均等な配分になるのが中立公平を保つ事になるのですが、今は一党独裁となっており、この時点で、日本は中立公平な国ではないと言う事になります。これを正しく理解しているのは、残念ながら日本人でもごく少数。理論的に物事を考えると言う事は、損得ではないのです。
次に公共性ですが、例えば公共トイレ、公共の場所、公共広告等、所謂、公共物のあり方や状況を見ればわかりますが、必要最低限のものしかありません。けれども、常にそこに安定してあり続けなければならない。必要最低限のものしかないから、継続してあり続けられると言うのもありますが。ここで共通しているものは、過剰華美なものは殆どなく、必要最低限の目的を果たすだけ、と言う事実。某公共放送を見てください。必要最低限の目的以上の事をやっているではありませんか。これは状況的に公共放送ではなく国営放送。実際にも国営放送扱いになっていますが。であれば、国が運営に関わるべき話になるのですが、未だにそういう話は出てこないし、民放にすると言う話も出てこない。この時点で理論的な思考がされてない事がわかります。過剰華美で公共放送を名乗ってはいけません。勿論、国営になれば、それだけお金をつぎ込めなくなり支出が減少し、経済的に良い効果をもたらすのですが、理論的な思考が出来ないので、そういう事を考えられない。理論的な思考とは何か、と初めの方で書きましたが、初めから終わりまで説明を理解できるのが理論的な思考。つまり、理論的な思考が出来れば、初めから終わりまでの結果が見える。先が見える。未来や将来が見える、と言う事になります。生産する事がなくなり、理数系より文系が幅を利かせていると言うのもあるでしょう。今の日本人の将来が見えないのは、この理論的な思考が明らかに欠如しているから。間違いだらけの日本人ばかりになっている理由もこれです。
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2018年04月21日

■エッセンシャルスキンオイル



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2018年04月20日

戦争を知らない子供達

間違いだらけの日本人が増えているのは、ひとえに戦争を知らないから。と言うか、本当の日本の歴史を知らないから。実際に知らなくても、勉強すればいいのに、それすらもしない。慰安婦問題にしても、当時の状況、背景を知っていれば、ありえない事がわかる。直接的な資料があるなしの単純な理由ではなく、その時代の周辺状況を鑑みた根本的な思考の部分から理由が説明できるので、資料がなくてもありえない事がわかるのです。今の日本人は、思考する事を止めているので資料がないと信用しない。他人に理解してもらうにはそれが一番だが、自身が理解する場合は、その資料がなくても、理解可能な状況で、察する事が出来る。つまり、基本方針がわかっていれば、それに沿った行動がなされる、なされていると言う事。当時の日本人は基本的に、真摯で実直、まじめです。勿論、全ての人にこれが該当する訳ではありませんが。その上で、全ての人に当て嵌まるのは、天皇が神様で、国民に基本的人権はなく、上意下達で男尊女卑、差別のある時代と言う事。この基本的な歴史上の時代背景が頭に入っていないと、当時の行為は何故行われたのか等の合理的な説明が出来ないし理解できない。今の日本の教育では、その部分をそぎ落とし、事実の羅列だけで、現代の価値観でしか物事を見る事ができず、今やってはいけない事と、当時の状況を区別できず、差別用語は一切使うな等、そういうのも含み、間違いだらけの思考になってしまう訳です。そしてこれが、日本の教育のだめな理由。政府自体が過去の戦争に対し、悪い事は隠したいのが常で、詳しい教育を施していないと言うのが一番の理由で、戦争を知らない人達が、更に知らない世代を増やす事に拍車をかけている。国が絡むことなのに民間だけが戦争の悲惨さを伝えなくてはいけないと言うのは根本的に間違ってるのです。当然、日本の歴史上の事実、良い悪いは別として、通称731部隊が存在していたと言うのは、一般常識として、知っていなければならない話。原爆が落とされた悲惨さだけでなく、公平に日本が行っていた行為も同時に説明するのが本当の教育。
と前置きが長くなりましたが、自身の意見に否定的なコメントが寄せられ、如何に間違いだらけの日本人ばかりが多いと言う事を再認識するに至った為、終戦記念日(これも歴史的認識があるとわかりますが、事実上は敗戦記念日。ただ、勝ち負けを明示するのは良くないと言う事で、どちらにも寄らない終戦と言う言葉を使うようになっている。当然、一般常識)の前ですが敢えて書いて見ました。以下、転記に関して説明。
いつも書いてますが、意見は説明全文を入れると2倍、3倍量になる為、色々割愛した文章で、表面的な事しか読めない人間は論外。周知の事実、公知事項や基本事項の説明が知りたければ学校へ行くって勉強しろ。若しくはググれ。学校で教えてくれなかったなら、それは間違った教育をしているから、これは教職員団体が悪いと言う話もありますが、そういう話はしたがる方達なので、むしろ教育委員会辺りが問題でしょう。
>731部隊は通称で、普通に存在してたけど、その存在を知らない人間がいる方が驚き。もう戦争を知らない人間ばかりの時代になってしまったんだなあと思う。
―これは日本人が一般常識で知っていなければならない部分。知らないと慰安婦問題のように事実でない事柄が出ても反論できず付け込まれる。当然の内容だから、反論に値しないと言う考えもあるが、それが予期せぬところへ拡大し余計に問題を大きくしている。
>確かに今の価値観で言うと悪逆非道になるが、戦時中で天皇が神の時代の話。
―当時の価値観は、敵は人間ではないと言う倫理。基本的に日本人は使ってない(日本人相手でも特高は非道でしたが、天皇に背く行為は悪と看做され懲罰は何をしても良い)軍部・関係者は特に、人間ではないので何をしても良いと言う思考と教育がなされている。天皇の為なら何をしても良いと言う考えが肯定的。
―そういう時代背景を抜きに結果だけ論じても意味がない事に気付かないと、やってる事は慰安婦と同じ。
昔も悪逆非道な行為だと思う人間は、今も昔も変わらないと考えているから、そういう思考になるし、いい加減な歴史認識だから、問題を解決する為のまともな判断が出来ないんです。基本的に、当時の考えを知るには、今と昔の考え方を切り離して思考するべきで、資料の有無だけで真実かどうかは分かりません。全文記してあれば別ですが当時の人の思いや感想は単純な資料では分かりません。
こう書くと、最後の部分だけを切り取って読んじゃう人いるんだよなあ。「全文記してあれば別ですが単純な資料では分かりません」だから。文章の説明が悪いと言うのはあるかもしれないが、前後の文の脈絡を読み比べたりできる読解力がないなら、どんなに文章で説明しても無理だから。間違いだらけの日本人は、まず日本語が読めない、書けない、意味が理解できない。要するに外国の方って事ですよ。これが正しく出来れば、少なくとも私は血統主義ではないので出自関係なく日本人と思ってます。本音としては血統は残したいですけど、遠い将来の日本じゃ無理でしょう。
日本の民主主義は戦後与えられた民主主義であって、戦って勝ち取った民主主義、資本主義ではなく、実は表面だけを取り繕った、いい加減な社会体制なのですが、それに気付いていない日本人が多いのは、歴史認識がないから。日本にも戦前に民主主義はあったと言う人がいますが、当時は帝国主義、全体主義、国民主権なし、政府にしても、特定の選ばれた人達が動かしていたので、真の民主主義とは程遠い民主主義。誰もが平等の民主主義ではないので、それだけを切り取って、民主主義はあったと言うのは乱暴すぎる。現に基本的な憲法は大日本帝国憲法の流用だし、資本主義にいたっては、1980年代後半の電信電話から始まり、鉄道、高速道路、郵便と2000年代まで政府主導の業界が存在していた訳で、未だに政府が関与、後は放送が残ってますが、資本主義とは名ばかりの国家運営方式を行っている訳です。いつまで経っても親方日の丸で資本主義にならない。戦後の混乱期は安定していないので政府主導は仕方ない側面もありますが、40年、50年、戦後80年経とうと言うのに、未だ物理的な解決だけで済む資本主義にすら到達していない訳ですから、精神的で時間のかかる民主主義の思考など、当然、到達している訳がありません。米国は、建国100年くらいで完全な民主主義に到達しているので、日本も戦後100年くらい経たないと難しいのかなと、あと20年くらいしてやっと本当の民主主義になるのでしょう。自分で思考し自分で行動するのが民主主義の基本。選挙へ行って投票はその手段であって目的ではありません。自分で思考する為には、正しい歴史認識が必要で、それがないと間違いだらけの行動にしかならないのです。
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2018年04月16日

■保湿ができる石鹸



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2018年04月15日

本当は怖い著作権(後談)

マナーや法律が重要になってくる、と書きましたが、考え方としては、その延長線上に法律がある為、どちらかと言うとマナーの方が上なのですが、見えない部分、国の方針等は法律で規定しないといけない訳で、それが法律、規範となりマナーとの相互補完の役割をしている訳です。だから道徳とそれを理解する為の国語力が重要なのですよ。それを蔑ろにしてるから、間違いだらけの日本人を大量生産してるんです。
法律上の優先順位は、米国等の場合、個人に対するサービスが公共と言う概念があるので個人が優先される場合がありますが、基本的に個人ではなく公共の福祉の方が上。
そこで著作権の話が出てくる訳ですが、基本的人権と同じで著作権は誰にでもあります。
ここで履き違えて欲しくないのは、個人の権利を侵害しても良いのかと言う話はあります、当然、それは問題ですが、それを抑制する為、社会全体に関わる問題を勝手に行使しても良いのかと言う話です。特に前例を作ってしまうと、右へ倣えでそれに倣って拡大解釈する傾向の強い日本では最も危険な行為。
業界の要請と言うのは、突き詰めると個人の要請で、著作権侵害は公共の福祉に当らないか、と言うと、当りません。基本的人権と同じだから、公共の福祉にはなり得ないのです。著作権の侵害とそれをやめさせる為の方法を行使する法律は別に必要になるのです。法律を介さず、声の大きい人間の指示でできてしまうなら。それは法治国家ではなく人治国家。
尚、著作権の第一儀は、個人を個人と尊重する為のもの、なので、他人の物を私が作りました、と言ってはいけないと言うのが優先。その次に、それによって与えた金銭的、精神的影響が、幾らと言うお金の話になります。日本人は、お金が優先なので、個人の特定よりも、個人の経済を優先させてしまいます。この時点で思考が間違ってるんですが、それは当然、法律を知らないしその背景も知らないから。因みに、このお金の部分、著作権料の回収を担当しているのが、音楽で言うと某著作権管理団体になる訳です。だからここは、著作権侵害を見つけても、それに対する異議申し立ては、某著作権管理団体ではなく、著作権を侵害された当人がやらなければならないと言う話でお金以外の訴訟はしませんよと言う団体なのです。これも、法律を知らないしその背景も知らないから、登録すれば訴訟してくれると勝手に勘違いしている輩が多い。更に、この関係の話が出ると、鼻歌でもお金取られるのか、と言う話題も度々上がりますが、当然、鼻歌でも取られます。これも同じで、そもそも法律や規約等を知っていれば、そんな話題は出てきません。
違法状態による経済的損失が、と言う話は、経済の話になるので、また別の機会と言う事で。
今回のネットのブロッキングに関しては、漏らしてはいけない情報を漏らさないようにする為、とか、外部からの情報を遮断する為、と言うのはありますが、それは国家機密レベルの話であって、海賊版サイト等に対して使うものではありません。それをやっているのは情報統制をしている中国や韓国に類する国だけ。
以前も日本は北朝鮮と変わらないと言う話を書きましたが、これを司法を通さずにやってしまうのは、まさにその通りで根本的な問題解決しようとせず、臭いものにフタをするような安易な手段で目の前の見える所からしか手をつけようとない。考える事が仕事なのに、如何に考えず楽に出来るかと言う思考しかしていない。日本で閣議決定はほぼ法律と同等と言う認識の強い影響力を持つにも関わらず、色々と手を尽くし、これ以上やりようがない、相手と話し合いをしたが解決しないと言う、民主主義的な手法を貫きに強権を使うのは、民主主義の放棄です。著作権侵害を肯定する話ではなく、それを止める為の手段が違法と言う事を言ってるのであって、適正な手続きを踏んでいれば、こういう問題は出てこなかったでしょう。
国民が選んだ政府だから、独裁政治をしても良いと言う事にはならないし、政府を作るのは手段であって、目的ではないし本質ではない。代表を選挙で選んだから民主主義と言う思考はは北朝鮮と同じレベルなのです。
だから、そういう思考を持っている日本人がいる限り、日本は北朝鮮と変わらないと言う話になるのです。
最後に、では違法状態を止めるにはどうしたら良いのか、と言うのは、説明が長くなるので割愛して結論だけ書きますが、今は権利者が権利だけを求め、利用者不在のビジネスモデルに傾いているのが原因で、薄利多売の基本に立ち戻れと言う事。利用者が良い物を、安く、早く、いつでも手に入れられ、かつ製作者も利益を得られるビジネスモデルを構築する事。多売するには人を増やす、つまり少子化対策をする事。一つの問題は全てに繋がっているのです。
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