2018年06月12日

□法人利用のスタンダード



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2018年06月10日

□有名人の等身大フィギュアを展示



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2018年06月08日

煽り煽られ、煽られ煽り

今、日本中で煽り運転がブームになってますが(笑)
これ、一概に煽る方に問題があるとも言えず、両方の側の言い分があり、その時の状況をケースバイケースで判断しなくてはならないのですが、概ね、双方の主張を見ると次のような言い分になります。煽る側、ノロノロ運転で車線変更しない。煽られる側、制限速度で走ってるが煽られる。
一番多いのが、高速道路で追い越し車線を遅い速度で走行していると言うもの。
これを制限以上の過剰な速度で追い越し車線を走行している場合は、煽る側に問題があると言う事になりますが、制限速度以下で走行している場合は、煽られる側に問題があると言う事になります。制限速度で走っているのに、どこに問題があるのかと言うと、幾ら制限速度以下と言っても、最低速度と言うものがあるので、その速度で走行するのは、逆に危険を誘発する問題行為と言う事になります。特に追い越し車線と言うのは、追越をする為だけの車線ですので、延々と走行して良いものでもありませんし、追い抜くことが目的なので、走行車線と同等の速度で走って良い物でもありません。つまり、走行車線よりも早い速度で、尚且つ、過剰にならない速度で追い越し車線を利用し、追い越したらすみやかに元の車線に戻る事が求められる訳です。ただ一つだけ例外がありまして、渋滞などで、通常の追越が出来ない場合に限り、追い越し車線を走行し続ける事が出来ます。その場合、高速で走行することは無く、車間が詰る事が常ですので、煽り運転には該当しません。とは言うものの、やっかいな問題がありまして、走行車線が渋滞している際に追い越し車線を利用し、走行車線に戻ろうとすると、渋滞の中に入っていかなくてはならず、その間隔を空けてくれない、入っていくと危険な状況になる場合があります。例えば走行車線の速度が100キロの場合、それよりも速い速度で追い越しをかけますが、走行車線に戻る場合、走行車線を走行している車が、その為の車間を空けなくてはならなくなります。つまり、その分、速度を落とす、移行の車が徐々に速度を落とし、最後尾に行くと渋滞が発生と言う事になります。車間を十分にとっていれば、そんな事はないと言いますが、100キロの速度で元の車線に入るためには、後続車との距離が最低100メートルは必要とされています。つまり、走行車線を走っているAとBの車の間に、追い越し車線を入ってきたC車が、入るためには、前後100メートルの車間、要するに200メートルの空間が必要と言う事になります。前を走っているA車との間を詰めて走行車線に戻れば、200メートルも必要ありませんが、そうすると、後ろにつかれたA車との間の間隔が狭くなるので、追い越し車線から入ってきたC車は、A車からしてみた場合、煽られていると感じてしまう訳です。実際は、そこまで車間距離を空けると他の車に入られるので、それが嫌で車間を空けず走行する輩が多く、そのくせ、すぐ煽られたと言う人間ばかりが増えています。特に静岡より西に行くと、車間を空けない運転が酷くなります。ウインカーを出して走行車線に戻ろうとする追い越し車線を走っている車を、走行車線に入れさせないようにして、走る車が横行しています。また自身の車の前に十分な車間距離がある上で、後ろに迫られたのなら、一瞬、煽られたと感じたとしても、車間を詰めたり、場合によっては、自分の車の前に入れると言う事をすれば、問題が無いはずなのですが、前車との車間すらない殆ど無い運転をしていて、煽られたも何も無いでしょう。前に車がいなければ、煽って来た車よりも速い速度で逃げると言う方法もあるにも関わらず、何もしなければ、煽られるのは当たり前です。
それ以外ですと、料金所やPA等の駐車場に入る場合、速度を落としますが、その前に余り速度を落としすぎると、後続車に追いつかれてしまい、そこで煽られていると感じたりする場合があります。概ねエリア内は30キロ以下程度の制限速度で標識も出ているので、完全にそのエリアに入るまでは、走行してきた速度を維持し、少なくとも、そこまでは走りきる事が必要です。運転のヘタな人等は、そこへ行く前にエリア内と同じ速度で走行し、煽られる原因を作っている事があります。
余談ですが、高速道路で走行車線を走行している車が、追い越し車線を走っている車を左側から追い抜く事は、追い越し、追い抜きは、必ず右側から行うと言う法律があるので道交法違反となります。なので、追い越し車線を走っている車には、早めに走行車線に戻ってもらいたいと言う理由があります。
他にも、普通に走行していたものの急に下り坂になり、速度が出すぎて前車との車間が狭まってしまったと言う場合もありますが、前の車が煽られたと思い込む場合も少なくありません。つまり、必要以上の速度超過で接近された場合以外、煽り運転とは認定されないのです。一般道も同様で、幾ら制限速度以内だからと言っても、50キロ道路を30キロで走行していたら大渋滞が発生します。例えその中の1台に煽り運転をされたとしても、それはたまたまであり、それ以外の車も同じように走行しているのは、合わせてあげているだけで、決してその速度が良いからと言う事ではない事を理解していないといけません。
もし煽られたと思ったら、同じ道を延々と走る必要は全く無く、ウインカーを出して左側に寄るだけでも良いですし、場合によっては、左に一時停止して止めて、先にその車を行かせても良いのです。にも関わらず、走り続けるのは、煽り運転をする車を1台また1台と増やしている危険な行為に過ぎません。
何故、自分がルールに則って運転をしているのに、一々そんな事をしなければならないのか、と思う人は、運転する資格が無いです。
車を運転するに当り、運転者には、例えそれが法律通りの範囲内であったとしても、安全に運行管理する為に必要な措置を行う義務を負っているからです。
例えば、運行前には車の運行前点検が義務付けられてますし、事故を起こした場合は救護義務。緊急車両が来た場合は、左に寄って道を譲る義務があり、自分が法廷速度で走っているからと言っても、そのまま自分の権利を主張して走り続けて良いと言う訳ではないのです。そもそも信号にしても、青は進め、ではなく、進んでも良いと言う意味なので、危険を回避する為であれば、停止する義務があります。これと同様で、自分は悪くないのに、何故相手に譲らなくてはならないのかと言う考えは、危険を回避する為の行動をしていない、運行の安全を確保する義務を怠っていると言う事になります。
要するに、車を運転するドライバーは、後方や周囲の状況を確認しながら、流れに沿った運転する事が求められるにも関わらず、漫然運転をしている。これが煽り煽られの実態で、煽られる方に問題があると言う意見が絶えないのは、そういう理由があるからなのです。
とまあ、車を運転してる人は、教習所でも習っているし教則や教本にも書かれている事で知ってる筈なので、ここまで書く必要は無いのですが、車さえ運転出来れば良いと言う飛んでもない輩もいますから。それはルール無視のマイルールで、お金を稼げさえすれば良いと言う発想に繋がるし、日本国籍さえ持っていれば、日本の事は何も知らなくて良いと言う発想に繋がり、社会に迷惑をかけるだけの存在でしかありません。
仮免許は、運転免許を持っている事にはなりませんが、教習所で教えていないのだろうかと言う事件もありました。
この様に、オートマ車で運転さえ出来れば、ルールや法律を知らなくても良いと言う考えは、危険以外の何物でもありません。
つまり、何かをする事は出来るけど、その何かをする為の法律を知らない事は、非常に危険な事であると言う事が、これで理解できると思います。
だから、間違いだらけの日本人にならない為にも、事あるごとに、最低限の身近な法律は知っていないといけないと言う事を書き続けている訳です。
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2018年06月05日

事の発端は

ある事件が発生したとします。それについて、当事者以外の中立的、第3者が存在しているのであれば、どちらが問題か、客観的に判断する事が出来ます。が、実際は、事の経緯を始終見ている第3者が存在している確率は非常に低いのです。
そう言った中で、それが問題であると指摘できるのは、誰かと言うと、それを体験した当事者しかいません。つまり、当事者の認識によって、事件の発端が良いか悪いかの判断がなされると言う事です。故に、それが正しいかどうか、両方の言い分を聞いた第3者が最終的な判断をすると言うのが、裁判と言う訳。
では、そのある事件は、一体、誰が最初に通報したのか。それは、そう感じた本人しかいない訳です。
痴漢の例をみればわかりますが、殆どが本人の申告から、痴漢と言う事になってますし、第3者が痴漢だと気付いて通報した例は殆どありません。
この事からもわかるように、事の発端は、被害を受けた本人が、そう感じたと言う事が重要になってきます。
それが無ければ、幾ら第3者が痴漢だろと言っても、被害にあったと思われる人が否定したら、痴漢は成立しないのです。
一般的な事件でもそうですが、容疑者の自白がない場合、実際に見ていないし、目に見えないから犯罪が無かったと言う事は言えないので、その容疑者が事件を起こしたと言う事を証明するには、証拠と呼ばれる事実を積み上げていかなくてはなりません。
わかりやすく言うと、第3者が存在しない場合、事件にあったと言うのも自己申告ですが、事件を起こしたと言うのも自己申告が必要と言う訳です。
だから警察は、不利な事は言わなくても良いと言う黙秘権が権利としてある容疑者に黙秘されると、事件解決が進まなくて困るという事なのです。
これはごく当たり前の話で、全くおかしい話ではなく、法律的見解で考えた場合、そういう事になります。
もし、この考えがおかしいと考える人間がいるとしたら、それは、根底に自分以外の第3者が見ていなければ犯罪をしても良いと言う、非常に悪質な考えがあり、犯罪をする可能性の高い人間と言う事になります。
ここで、いや、そんな事は考えていないと言う人が、もしいるとしたら、では第3者がいない場合、どうやって犯罪があった事を立証するのでしょうか(笑)
亡くなってしまった場合は、自己申告できませんが、事の発端には、必ず被害を受けた当事者があり、犯罪がなかった事には出来ないんです。
それこそ、相手を脅して示談にしようと言う考えなんでしょうか。本当に悪質ですね。
法律的見解と言うのは、感情だけに左右されないよう、理論的に考えた結果で、おかしな理論でも何でもありません。
ただ余りにも、判決が余りにも杓子定規で、一般市民の感情と判決がかけ離れすぎている為に、裁判員制度を取り入れたと言う経緯がありますが(笑)
また法律を知らないと言う事は、理論的な思考ができない人と言い換える事もできるので、間違いだらけの日本人が増えている理由の一つに、この法律を知らないと言う事が挙げられると言う訳です。
法律を知る事の重要性を色々な側面から説いていますが、難しいとか、よく理解できない人が多いのは、感情でしか物事を判断していない、理性の乏しい人達が多いからと言う事になるのです。
その為に、教育が必要なのですが、道徳やマナーと言うのは、基本的な事柄と言うだけであって、法律ではなく、確かに、マナーがよければ、法律いりませんが、そう言った物を伝える為の家庭環境が崩れてきている為、法律に関する教育が必要で、その重要性も高くなっているのです。にも関わらず、、日本では、家庭でのマナーや道徳心だけに頼りきりで、その教育を殆ど一切行っていない。故に、間違いだらけの日本人が増える一方になっているのです。
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2018年06月04日

□屋内だから、雨でも遊べる



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2018年06月02日

2018年05月30日

騙されている日本人

さて、一体、誰に騙されているのか、と言うと、国全体が日本人を騙しているんです。
何故、そんなスケールの大きいことになるのかと言うと、法律を知らない、とか、世界を知らないとか、物事に対しての無知が蔓延っているからです。
原子力発電所についての情報だとか、モリカケ問題の情報だとかを隠してる、騙してると言う程度の低いものではなく、根本的な事について騙されている訳です。これは非常に大きな問題なのですが、誰もそれを問題だと思っていない、理解していないと言うのが大問題で、その時点で騙されている、要するに知らない間に騙されていると言うのが、今回の騙されている日本人の話になる訳です。実は既に大きな社会問題の原因になっているのですが、それが何か気付かない。それを知らなくても、大きな問題になっていないのだから良いんじゃないか、と思った時点で、その人は騙されてる訳です。
まず、選挙制度ですが、これは間接選挙なので、それを代行して行う人達の民意が反映されるだけで、たまたま、その思考と同じ人の意見が投合しただけで、決して国民一人ひとりの民意を反映している訳ではありません。これを民意が反映されたと思い込んでいる時点で騙されている。この点について薄々理解している人はいると思いますが、更に、その代表者が集まって作る政党は、全く民意を反映していないと言う事に気付いていない人の方が圧倒的に多い。
野党与党ありますが、その政党は作ってくれと国民の民意で作られた訳ではない。本来であれば、個々人が、それぞれ独立してやらねばならない事を為政者が都合よく利用するための方便として、政党と言う名前を借りた集団を勝手に作っているだけです。そこに集まる人がいるから政党が出来るという事からも、政党が重要ではなく、そこに参加する人が重要と言う事。だから、本来であれば、比例代表と言う制度は必要ない。極端な話、政党など無くても良い。恐らくそういった趣旨で支持政党なし、と言う政党が出来たのではないかと推察されますが、騙されている人は、その事に気付いておらず、ふざけてるのかと思ってるだけ。世の中には恐ろしい程の馬鹿がいると言う名言(笑)があります。学校で、学級会をやった記憶が無い人はいないと思いますが、あれと同じように、議長を中心に、ある議題に対して個々人が多数決を取れば、問題が解決します。それと同じ考え方で行けば、何十人も同じ思考の人達が集まっても、結果は同じにしかならないのだから、最終的にそれ程の人は要らないと言う事になりますし、その結果、不必要な人員を削減することが出来ます。小学校レベルの国会を見ていれば、政党がなくても良いと思うのではないでしょうか。民意を反映しない政党よりも、民意を反映してくれる個人に投票した方が有意義と言う訳です。問題は基本的な選挙制度そのものが、明治時代の代物と言うだけで無く、それがどういう物なのか良く理解せず、ただの人気投票になる恐ろしいほどの馬鹿しかいない事が原因なんですけど(笑)そもそも都道府県知事より権限の高い国会議員が、一人で代表を務める各都道府県知事の人数より多いというのは異常。各都道府県一人で、人口比を加味して人の多いところだけは二人くらいが妥当。そうすると議員の数はぐっと減って、100人程度で済む。実際に日本より人口の多い国の大半が日本より国会議員の数は少ない。少ない人数で多くの人の意見を集約できる方法や制度を考えたほうが建設的なのだが、それをやらないのは政治レベルが低いから。今の国会議員は殆どが富裕層の代表であって、それ以外の大半の国民の代表ではない。個人の政治レベルの低さを人数でカバーしようと言う方法なので、必然的に議員の数を増さざるを得ないと言う事。だから議員の数が多い=国民の声が届いていると思っている時点で騙されている訳です。政治レベルの質が低ければ、何百人いても国民の声は届かない。無駄遣いをしていれば、何億何兆あっても、税金が足りなくなると言うのと一緒。そして、英語教育。これも日本人が騙されている。一番騙されているのは、英語教育をする理由が、実は全く無い、と言う事(笑)学習指導要領で、日本語以外に習得するのが望ましいとされている第2水準言語は、ヨーロッパ言語、アラビアやロシア、中国語等、殆どすべての主要外国語と同じ順位に英語が位置づけられており、実は取り立てて、英語を学ぶ必要性がないのです。だから私立の学校では、英語以外の外国語を習得させてる所もあります。にも関わらず、使えない英語教育を進めようとしている。世界の広い地域で、公用語として利用されていると言うのが一応の根拠にはなっていますが、世界で使われている言語のトップは中国語。既に華僑と呼ばれる中華系の人達が、東南アジアを中心に、米国やアフリカの一部地域に居住している訳です。つまり、決して世界中で使える地域が少なくないと言う事が言える訳です。特に東南アジアを中心とした地域は、新興国と呼ばれる国々が多く、今後の経済発展が見込める地域。収益自体は大きいものの、既に飽和状態で拡大が難しい先進国よりも、こういった地域で経済的な利益を得る可能性の方が高くなっていると言う事があるのですが、先進国だけの繋がりしか考えていないと言うのは、ある意味差別的ではないかと思う訳です。母国語以外では選択の自由があるにも関わらず、選択の余地が無いと言うのが、実は民主主義的ではなく違法であり、日本人が騙されていると言う事なのです。
どちらも、為政者に都合の良い解釈をする為の国民を欺く方便なのです。このように選挙制度や英語教育に関する問題が頻出しているのも、実は根本的な事を理解していないからで、その根幹の問題を表に出すと、非常に大問題となるので、誰もそれを問題にしようとしない。無知で事実を知らないから問題にしようともしない。国民は馬鹿な方が都合が良いのは世の常。ではあるのですが、そういう見えない部分にも自分で考え、自分で行動する。積極的に目を向けていかなければならないのが本当の民主主義。本当の事を知らない方が幸せな事もあると言う話。
posted by ぴよぴよ at 09:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月26日

2018年05月21日

☆リモートデスクトップで楽々

posted by ぴよぴよ at 02:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする